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双極性外来

双極性障害概念の歴史

気分が変調を来す病気は古くから認識されており、旧約聖書のサウル王の物語には抑うつ症候群が記載され、ホメロスの叙事詩イリアスにはアイアスの自殺の話が記載されています。ギリシャ時代には、ヒポクラテスが精神障害に対してメランコリーとマニーという言葉を用い、黒胆汁が冷たくなり過剰になるとメランコリーが生じると考えましたが、マニーの概念は曖昧でした。アリストテレスは黒胆汁の量が多すぎると抑うつ状態、黒胆汁が極度に熱せられると躁状態が引き起こされると考えました。もっとも、この頃の躁状態の記載は錯乱状態に近いもので、必ずしも躁状態ではないという意見もあります。

ローマ時代には、アレタイオスが「マニー(躁)は行動が騒がしい。―――生来、情熱的、刺激的、活発で無思慮、朗らか、子供っぽい人である。正反対のメランコリーになりやすい人は、活気がなく、悲しげで、学習するのに時間はかかるが、仕事は我慢強くやるタイプである」と、躁とうつやその病前性格を対比して記載しています。さらに、「以前にマニーであった人はメランコリーになりやすい。このことからメランコリーというのは、マニーの初め、またはその一部と思われる」と、同じ人に躁とうつが時期を違えて生じることを明確に述べており、アレタイオスは躁うつ病概念を最初に提唱したとされています。

中世の暗黒時代における精神医学の停滞を経て、17世紀には気分が滅入る状態にdepressionという言葉が初めて使われました。19世紀までは、躁病とうつ病とはまったく異なると考える人も多かったのですが、ファルレはうつ病と躁病を交互に経験する状態を循環精神病と呼び、バイヤルジェは抑うつ状態から昏迷状態に陥り最終的には回復する重複型精神病の概念を提唱し、カールバウムは躁病とうつ病を同一疾患の過程として述べました。

1899年にクレペリンというドイツの精神医学者が提唱した躁うつ病は、躁病エピソード(注:エピソードは1回の病相のこと)やうつ病エピソードのいずれか1種類のみを繰り返す単極性のものと、躁病エピソードもうつ病エピソードも生じる双極性のものを区別しておらず、気分障害という言葉とほぼ同義でした。このような立場を躁うつ病一元論と呼びますが、これはあまりに広すぎるという批判もありました。そこで、1960年代には、気分障害の経過、発症率の性差、遺伝歴、病前性格などを検討した結果、躁うつ病(今で言うところの気分障害)は双極性障害と単極性うつ病の2つに分けるべきという意見(二元論)が強くなったのです。この時期を境に、躁うつ病を双極性障害と単極性うつ病に分離する動きが出てきます。

その後、1980年にDSM-IIIという米国精神医学会が作成する診断基準に双極性障害という名称が登場し、1992年のICD-10というWHOの作成した診断基準にも双極性障害が明記されました。1995年にバルプロ酸が双極性障害の治療薬として米国で承認されると、躁うつ病という名称よりも双極性障害という名称をタイトルに入れた論文が急速に増加したことも知られています。この時期には、バルプロ酸のような気分安定薬を投与する対象が双極性障害という認識が深まったと考えられます。

ところが、双極性障害と単極性うつ病がまったく別物かというとそうではなく、アキスカールという米国の精神医学者は両者の移行を重視して双極スペクトラムという概念を提唱しました。これに含まれるものは、単極性うつ病の患者さんに抗うつ薬を投与中に躁転した場合、循環気質の患者さんがうつ病になった場合、発揚気質の患者さんがうつ病になった場合など、単極性うつ病の中に双極性障害に近い特徴(躁的因子)を見出して双極スペクトラムという広い意味での双極性障害に診断変更しようという試みです。この意義としては、抗うつ薬治療にこだわるのではなく、気分安定薬を投与する動機づけを与えてくれるということになり、実際に気分安定薬によって改善するうつ病患者さんも少なくありません。

心的エネルギー水準と双極スペクトラム

双極性障害は心的エネルギー水準が高く、うつ病は心的エネルギー水準が低いと私は考えています。そして両者の中間にあるのが、軽微双極スペクトラム(Soft Bipolar Spectrum)です。下図に示すように、双極Ⅰ型障害(躁病エピソードがある双極性障害)から軽微双極スペクトラム(双極Ⅱ型障害や躁的因子を有するうつ病を含む。双極Ⅱ型障害には、躁病エピソードがなく、軽躁病エピソードとうつ病エピソードがある)さらにはうつ病に行くほど、エネルギー水準が低下するのです。しかし、これらの疾患は連続していますので、双極Ⅰ型障害から軽微双極スペクトラムからうつ病まで全部含めて、全体として双極スペクトラムという大きな括りで考えることもできます。この括りは、以前の気分障害、あるいはクレペリンの躁うつ病とほぼ同じ範囲をカバーするものと考えられます。

さて、双極I型障害と軽微双極スペクトラムは、気分安定薬に反応します。他方、うつ病の中でも発揚気質や循環気質など躁的因子を持たない人は抗うつ薬に反応します。下図にエネルギー水準の曲線を引いていますが、双極I型障害から軽微双極スペクトラムに移行する部分でひとつの変曲点が存在し、軽微双極スペクトラムからうつ病に移行する部分でもうひとつの変曲点が存在します。後者の変曲点の背景には、気質の分布の違いがあると、私は想定しています。すなわち、図の下の方に変曲点が大きく地面に投影されたような円がありますが、この円の左部分に発揚気質や循環気質のような双極性障害につながる気質が存在することを示しています。逆に、円の右半分にはこのような気質が存在する可能性が低いことを示しています。気質の有無によって変曲点が生じ、これはエネルギー水準の高低の落差を明瞭にし、ひいては軽微双極スペクトラムに含まれるうつ病とそうでないうつ病を区別する。このことは、前者が気分安定薬に反応し、後者が抗うつ薬に反応するという薬物反応性の違いとして表現されるという私の仮説(Terao, World Journal of Psychiatry, 2012)です。

心的エネルギー水準と双極スペクトラム

注:軽微双極スペクトラムは双極Ⅱ型障害や躁的因子を有するうつ病を含む。単に、双極スペクトラムと呼ばれることもある。厳密には、双極スペクトラムには広義(うつ病から軽微双極スペクトラム、双極性障害まですべてを含む)と狭義(軽微双極スペクトラムを指す)の2通りある。

双極性外来

以上のように、複雑な双極性障害ではありますが、患者さんの気質や生活史、今までの気分状態の経過、もしあれば治療経過などを縦断的に把握しつつ、どのような診断が適切か慎重に検討していきます。その上で、その診断にふさわしい薬物を選択しながら、まずは少量・単剤から試みます。患者さんによっては、結果的にいくつかの薬物の併用療法となることもあります。それから、毎晩、睡眠・覚醒リズム表に睡眠状態を記入してもらい、規則正しいリズムの構築をめざします。最終的には、気分がしっかり安定し、機能が回復することをゴールとします。